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             今回で何と4度目の巡検旅行となります。今年も暑い中、大村氏ゆかりの史跡を訪ね、大村市内を巡検します。 
             写真は、出発地となった大村氏居城である【玖島城】で撮影しました。 | 
            【玖島城】(くしまじょう) 
            かつての大村氏の居城であった城内は現在、大村公園となっている。大村湾に面している部分には御船蔵の遺構があり全国でも珍しいもの。慶長4年(1599)大村家19代目当主で大村藩初代藩主、大村善前(よしあき)によって築城された。先代が、有名なキリシタン大名の大村純忠にあたる。 | 
          
          
             
            まずは、玖島城(大村城)内を見学して回ります。 
             
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             ← 復元された【板敷櫓】 | 
            【板敷櫓】(いたじきやぐら) 
            城内にある唯一の櫓で平成4年(1992)再建がなされた。但し、忠実に再現されたものではないらしい。慶長19年(1614)の城改築の際に二代目藩主、大村純頼によってこの櫓台がつくられたそうである。石垣の見事な扇の勾配にも納得させられるように、築城の名人、加藤清正に意見を求めたとの記録もある。 | 
          
          
             
             
            【虎口門跡】付近 →  | 
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            【虎口門跡】(こぐちもん) 
            本丸の入口にあたる場所を虎口といい、そこにあった門を虎口門とよんでいた。 | 
          
          
              
             
            この石は【貝吹石】といって、上に大小二つの穴があります。 
            小さい穴の方を吹けば、法螺貝のような音を出すそうです。 | 
            【貝吹石】(かいふきいし) 
            通称「ほら石」大小二つの穴があいており、小さい方の穴を吹けば、ほら貝のような音を出すとのことでこの名が付きました。伝説によると、この石は佐賀より攻めてきた竜造寺隆信の軍勢を迎え撃った時、実際に合図のために用いられたとのことです。 | 
          
          
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             ← 音出しに挑戦。 
               微妙に音が出ました。 | 
              
            大村市内を 
            長崎街道沿いに歩きます 
             
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            旅日記 
            「玖島城はつくりがすごく、特に狭間の数には驚きました。」 |